【第1部】夏の遠征が孕んだ予感──42歳・恵子が見た地方の夜の影
私の名前は恵子、四十二歳。
北陸の小さな町に暮らしている。夫は運送会社に勤めていて、平日休み。週末はいつも不在のため、息子の野球クラブの練習や遠征に付き添うのは、決まって私の役目だった。
グラウンドに立つたび、土と汗の匂いに包まれる。声を張り上げる少年たちの中に、私の息子も混じっている。母親たちは同じ時間を共有し、自然と結びつきを深めていく。笑顔とおしゃべりに紛れて、時折、無防備に見られる自分の横顔に、私は気づかぬふりをしていた。
その夏。地方大会の予選に進み、二泊三日の合宿が組まれた。
「泊まり込みで応援かぁ……」
夫のスケジュールを思えば、また一人で参加するしかない。多くの家庭は夫婦で宿に入り、和やかな団欒を作る。けれど私に与えられたのは、鍵のかかる小さな個室だった。
──その孤独が、なぜか甘美に感じられた。
夕刻、ユニフォームを洗濯して乾燥機にかけ、部屋に戻るころには夜の帳が下りていた。グラウンドの熱気をまだ纏った身体。シャワーで汗を流し、タオルで髪を拭きながら鏡を覗くと、湯気に曇ったガラス越しに四十二歳の女の肌が艶やかに光っていた。
「……まだ、女でいられるのかな」
そんな独り言が、思わず唇から零れ落ちる。
誰にも聞かれていないはずなのに、胸が高鳴り、頬に熱が広がった。
食堂からは、父親たちやコーチの笑い声が漏れてくる。
「奥さん、一緒にどう?」
差し出されたグラスを断れず、喉を焼くアルコールを流し込んだ瞬間、全身が柔らかくほぐれていく。肩に触れる掌、耳元で囁かれる冗談──笑って受け流しながらも、私は女としての身体を思い出してしまっていた。
気づけば、酔いに頬を赤らめながら個室へ戻る途中、廊下の影が私を追っていた。
誰なのか、振り返ることはしなかった。
ただ──その視線に背筋を撫でられるように震えながら、私は鍵を閉めた。
ベッドの上で息を整え、まぶたを閉じる。
熱に浮かされた身体は、微睡みの中で何かを待っていた。
【第2部】目覚めた身体に刻まれた痕──合宿の夜が暴いた女の奥
──耳の奥で鳴る電子音。
「……っ」
目覚まし時計のけたたましい音に、私は重たいまぶたを開いた。
頭が揺れるように痛む。酔いの名残がまだ血の中を巡っているのがわかる。
けれど、その不快さよりも先に、もっと濃密で抗えない違和感が私を突き動かした。
下腹部が、じんわりと痺れるように疼いている。
掛け布団をそっとめくった瞬間、視線が凍りついた。
──下着がない。
昨夜脱ぎ散らかしたはずの服は床に散らばっているのに、パンティだけが忽然と姿を消している。
「どうして……」
喉が渇いて声にならない。震える指でシーツを探り、腰に触れた瞬間──粘りつく生温い感触。
私は目を閉じ、鼻先で確かめるように吸い込んだ。
それは、女の奥に誰かが深く入り込んだ後にしか漂わない匂いだった。
胸の鼓動が暴れる。
鏡へ駆け寄り、ブラウスをはだけると、乳房の谷間に赤黒い痕がいくつも散らばっていた。
吸い付かれ、舐められ、跡を残された証。
爪の先で触れると、かすかな熱と疼きが蘇り、耳の奥に声がよみがえる。
──「ん……だめ……」
──「もっと……欲しい……」
それは、確かに私自身の声だった。
ふと視線をゴミ箱に落とすと、くしゃくしゃに丸められたティッシュが幾つも積み重なっている。
そこから立ち上る匂いは、昨夜ここで繰り広げられた濃厚な交わりを雄弁に物語っていた。
「……ひとりじゃない?」
口から零れた言葉に、自分でゾクリとする。
胸の奥に湧き上がるのは、罪悪感だけではなかった。
むしろ、女として深く揺さぶられた痕跡が、全身を密やかに熱くしていく。
誰かに抱かれたという確信。
しかも一人ではなかったかもしれないという背徳。
太腿をすり合わせた瞬間、潤んだ粘りがまた滲み出し、シーツに溶けてゆく。
「いや……なんで……」
否定の声とは裏腹に、呼吸は浅く乱れていく。
──あの夜、私は人妻でありながら、母でありながら、確かに女としての悦びに溺れていた。
【第3部】絶頂の残響──誰の手だったのかも分からぬ夜の真相
あの朝、鏡に浮かぶ無数の赤い痕や、下腹部にまとわりつく粘りついた熱は、ただの酔いの産物ではなかった。
瞼を閉じた瞬間、断片的に蘇る光景がある。
──押し倒される瞬間に、背中を支えた逞しい腕の重み。
──耳元にかかる熱い息。「恵子さん……もっと声を聞かせて」
──乳首を吸い上げられた時、堪えきれず洩れた自分の甘い声。
最初は一人のはずだった。
けれど、別の方向からも唇が這い寄り、指が忍び込み、太腿を広げられた記憶がかすかに交じる。
「順番に……抱かれていたの?」
問いかけた瞬間、背筋がぞわりと泡立つ。
人妻である自分が、複数の男の欲望に晒され、歓喜の声を上げていた。
その事実が、罪悪感よりも先に女としての快楽の余韻を呼び覚ます。
布団に身を沈めながら、私は胸元を押さえる。そこにはまだ、唇の感触が残っている。
無数の手が私の身体を撫で、乳房を揉み、秘部を濡らし続けていた。
酔いに任せ、恥を忘れ、あらゆる刺激を受け入れていた──あの夜の私は、間違いなく「母」でも「妻」でもなく、ただ一人の「女」だった。
「……どうして、私……あんなに……」
頬を濡らす涙は後悔なのに、太腿の奥では別の涙が溢れ続けている。
罪と悦びが溶け合い、女の深層を突き破る。
脳裏に響くのは、あの時の自分の声。
──「もっと……お願い……」
──「あっ……あぁ……っ」
あの声は嘘ではなかった。
愛されたい、抱かれたい、女として震えたい──そう望んだ自分が確かにいた。
その欲望に気づかされた瞬間から、私はもう後戻りできない。
「誰だったの……」
答えのない問いを繰り返しながら、私の奥は再び熱を帯びていく。
わからないままだからこそ、余韻はより鮮烈に私を縛る。
そして女の心は、その謎にとらわれたまま、深く深く、甘美な暗闇に沈んでいった。
まとめ──背徳の夜が私に刻んだもの
あの夏の合宿で起きた出来事は、私にとって決して消えない烙印となった。
母として、妻としての日常を生きながら、その裏で「女」としての身体はあの夜から目を覚まし続けている。
──鍵のかかる個室。
──失われた下着。
──胸に散らされた痕と、下腹に残る匂い。
どれもが「夢ではなかった」と告げている。
誰が相手だったのかも、どれほど抱かれたのかも、私は知ることができない。
けれど、確かなのは一つ──私はあの夜、確かに女として震え、悦びに溺れ、そして深層心理の奥底で「もっと欲しい」と願ってしまったということ。
罪悪感に苛まれながらも、その夜の残響は今も血の中を流れ、日常のふとした瞬間に疼きを呼び覚ます。
背徳は呪いであり、同時に甘美な蜜。
私はその狭間に揺れながら、これからも母であり妻であり、そして秘密を抱えた一人の女として生きていくのだ。

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